ne sole ne luna
低い青空にサスケは手をかざした。
遠くでナルトが自分を呼ぶ声がする。
傷ついたスクーターを乱暴に止め、サスケの寝そべっていたライオンに羽が生えたような彫刻の上に飛び乗る。
「遅ぇぞ、ウスラトンカチ」
「悪ぃ、ちょっとキバがしくっちゃってさ、逃げんのに手間どっちまったってばよ」
サスケはフン、と鼻を鳴らしながら起き上る。
噴水を見つめる目が寂しげなのをとらえて、ナルトは言った。
「お前、今日なんか機嫌悪くねぇ?」
久しぶりに会う少年の妙な鋭さをサスケはすっかり忘れていた。
今朝の養母のつんざくような罵声が思い出されて顔を顰める。
「そう思うなら、足手まといになるなよ」
「なんねーよ!人が折角心配してやってんのに、しっつれーな奴!」
「あそこの黒い車見ろ、日本人だ」
広場脇の道路は、検閲を受ける車で渋滞していた。
その中に一台の高級車が並んでいる。
「オレが盗ったら走る。お前はいつもの所でいつでもソレ回せるように待ってろ」
「危なくね?警官がすぐ近くにいっぞ」
サスケは挑発するように笑って、石像から飛び歩いていった。
今はそういうことをしたい気分なのだ。
ナルトはしばらく見ていなかったしなやかな動作に一瞬目を奪われたが、ハッとしてスクーターを走らせた。
検閲官と運転手がいちいち口論を始めるのに苛立ちながら、ターゲットの車の人物はハンドルを突いていた。
隙だらけの風体にちょろいな、と思いサスケは鉄棒を振り上げた。
ガシャーンというけたたましい音と共に車内に手を突っ込む。
慌てる男の左手を掴み、高級時計を奪った。
検閲官が異変に気付き、ホイッスルを鳴らしながら追いかけてくるのを振り切るように走った。
スラムの入り組んだ道は知り尽くしているし、強盗が日常茶飯事に起こるこの町では、警官がそんなに遠くまで追いかけてこないことも知っている。
それでもナルトのスクーターに飛び乗る頃には喉がカラカラだった。
スリルに震えながら冷や汗を拭う。
髪を通り抜ける風が心地いい。
海が見える橋まで来ると、ナルトが口を開いた。
「お前、こんな危ねーことする必要ないのに」
「何が言いたい」
「だって、楽器弾けるじゃん」
「あんなのは遊びだ、生活の足しにもなんねぇ」
ナルトはふーん、と言った。不服そうな声だ。
「お前さー」
エンジンや隣をすり抜ける車にかき消されないよう、大きな声で言う。
「あの人に会ってたんだろ」
サスケは何も言わない。
あの夜、パーティでカカシと出会ってから、二人は幾度となく体を結んでいた。
男にそういう目で見られることはあったが、自分は全くそっちの気は無い。
だのに何となく流され、しかも嫌ではなかった。
しばらくはカカシに呼び出され、ホテルで一夜を過ごすという関係が続いた。
それも体を繋げる以外にすることも無いし、話すことも無い。
だがここ二週間、家に戻る前までカカシの家で過ごしたのだ。
仕事が休みになったと言っていたが、そもそも何の仕事をしているのかも知らないし、本当のことを言っているかはわからない。
カカシの話が嘘だろうと本当だろうとどうでもよかった。
自分もカカシを良いように利用していることは自覚している。
この場所から逃げ出すこともできる。家からも。
虐待を受ける自分を見かねて、ナルトのようなストリートチルドレンの暮らすバラックに来ないかと誘われてもいる。
しかし自分には捨てられないものがある。
どうしてもあの家からは抜け出せないのだ。
いつ帰ってくるかも知れない兄を待ちわびていた。
避難所として、カカシは居心地が良かった。
また、いつ捨てられたって構うことはない。
心を開くほど、カカシは何にも触れてこなかった。
カカシが自分の体を求めるなら、こちらも利用してやればいいし、飽きたなら切ればいい。
「あいつ、なんかキケンな気がするってばよ」
「ナルト、だまれ」
切ればいいんだ。