かけるてのひら


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なんとなくわかっていた。
姿を確認するまでもなく、居ないのはサスケだ。
カカシは再び大きく息をつき、肺に溜まるのを感じてから吐き出した。
止めたはずの煙草が恋しくなった。

手洗いにでも行ったのではないかと考えたが、憎らしいほど優秀な五感がそれは無いと告げる。
自分と同じで、長い入院生活の結果なのかもしれない。

そんなに大ごとにせず、このまま放っておくことにも出来るだろう。
子どもとはいえ忍なのだから、襲われたり迷ったりなどの心配もそう無い。
明朝には帰ってくるはずだ。
それでもサスケの様子が不自然だったのを知っている分、どこで何をしているか考えると不安になってくる。
求める手に気付かないふりをしたせいもある。
もういい加減しらばくれるのは潮時なのかもしれない。
上手く説明できる自信は無いが、質問されることに答えることぐらいは可能だろう。
嘘吐きは止められないけれど。
とにかく今は話さなくちゃいけない。

寝ぐせのついた髪を少し整えて、マスクの位置を確認する。
隣でイビキをかく少年を起こさないよう、得意の抜き足で玄関まで向かい、音もなくカカシはサスケを探しに向かった。



木の葉より気候が温暖な地域とはいえ、夜風はさすがにひんやりしている。
海辺ともなれば風圧も強く、べたべたする感触がカカシには不快だった。
サスケは手ごたえのないくらい簡単に見つかった。

「なーにしてんの」
気の抜けた空気を作るのはお手の物だ。
沈黙に抵抗されるが、深刻になりたくは無かった。
サスケは無表情で、いつもの流し目ニヒルな口元と比べると幼く見えるのに、カカシは視線を動かすことが出来なくなった。
夜の街で偶然ノラ猫と目があったときのように。
無表情の奥に不安や威嚇がない交ぜになっている目だ。

そして、千本で受けた傷を覆っていた左腕の包帯は外され、代わりに夜目にも赤い血が絡みついていた。
反対の手の爪に血がこびりついていることから、自ら傷をえぐったのだとわかった。
カカシの視線が腕に集中した隙に、サスケも目を泳がせた。

あ、にげる。

カカシは咄嗟に思い、駆け寄りサスケの腕をつかんだ。
「何してんの」
返答があるとは到底思えなかったが、他にどんな言葉があるのか。
「いつもこんなことしてるの」
捕らえた腕からサスケの震動が伝わった。
冷たい体温が無性にやるせない。
サスケが鼻からスン、と息を吸った。
それに気取られた瞬間、サスケは振り切って逃げだした。
逃げ出すと言っても、そこには砂浜と海しかない。
カカシの浮遊する頭は、追いかけるという選択肢を失っていた。
どうしていいのかわからないから、どうするつもりか観察した。


普段サラシの巻かれている足が月に照らされ必死に海水をかく。
水沫が飛び散り異様な光景を彩る。
ままならない足取りから救済を求めるように、少年は啼いた。

「うわあぁぁあああああああああああ」

すさまじい慟哭だった。
濁りのない絶叫だ。
反射的に、カカシのてのひらがサスケの口を塞いだ。
カカシはもちろん動揺したが、え、もう夜だし、など、一方でひどく現実的だった。
混乱していた。
職業柄、悲鳴は幾度となく聞いたことがある。
恐怖、命欲しさや苦痛からくるもの様々ある。
しかし、こんな空っぽな叫び声は未だかつて無い。

チャクラを練って水面を歩くことも忘れていたので、サスケだけでなくカカシも濡れネズミになった。
再び静けさを取り戻した夜に、サスケの嗚咽が響いた。
波の音と同調していて、不思議だった。
しかも息をするのを止めながらの嗚咽なので、不細工なシャックリみたいでかわいそうだった。
それでも口にかけたてのひらは、はずせなかった。




一人分の重みを背に抱えて扉を開けた。
気絶している分、体重がずしりと伝わった。
濡れたまま寝かすのもどうかと思い、服を脱がしにかかる。
別に男の子だし、とは思うが、顔が整っている上、自分とまったく違う子どもの体型になんだか悪いことをしている気分になった。
不埒なことを考える余裕なんて無いくらいに動揺しているはずなのだが。
自分は肉感よりも雰囲気だとかシチュエーションに刺激を得るタイプだ、とカカシは再確認させられる。
同時に他にも自傷の跡がないか調べる。
しなやかな白い体はまぎれもなく同性のものなのに、背徳的だ。
今までまじまじと見たことは無いが、こうして観察していると女の子が騒ぐのはもっともだと納得させられる。
なんというか、妙な艶っ気があるのだ。
何を考えているんだ、バカかオレは。
気を取り直してザッと体をチェックすると、どうやら傷が深まっているのは左腕だけのようだった。他に跡もない。
慢性的なものでないとわかって少し安心する。
夜が明けない内に自分とサスケの服を乾かしてしまいたかったので、海水が滲み込んで汚れた包帯と外された左腕の包帯を手早く巻きなおし、外へ出た。

サクラやナルトには知らせない方がいいと思った。
何も無かったことにはならないだろうが、サスケがどう出るかが未知すぎた。



なるべく湿り気のない木の葉や枝を集め、火をおこす。
パチパチと鳴りながら散る火花を眺めていると、いつもよりしっかりと物事を整理できる気がした。

サスケが重い荷物を抱えているのはわかりきったことだった。
しかし、荷物を背負わされているのはナルトも一緒で、そのナルトが天真爛漫と成長を遂げたことから、大丈夫だ、とうやむやに確信づけていた。
サスケも大丈夫、と。
外に滲み出る他人の痛みは怖かった。だから気づかないふりをした。
カカシは逃げていた。
サスケに話すことで、自分の痛みが暴かれることが恐ろしかった。
人の痛みはその人のものでしかないと信じ、自分の痛みを外界にさらさないようにしながら、逃げ回っていたから。
それでも、救いたいと言う気持ちは変わらない。与えたいと思う。
しかし、人に与えるにはまず受け止めなくては、形さえ組むことができない。
人に物を受け取らせるには、枠組みを理解し、加工しなくては始まらないのだ。
構造主義はよくわからないが、きっと真理だ。
束縛を認識して自由を得る。

守ると言った。繋げると誓った。
とにもかくにも、自分はサスケという生き物をもっと知らなくてはいけない。
与えたいのだ。

闇に埋もれたままには、させやしないよ。
二十六歳、春、夜明け前の宣誓。












こうして始まるラブ・アフェアー(笑)
サスケ君が弱っちく見えますが、私は漢受けサスケマ/ン/セーなので
これからもうっちょっと書き込んでいきます。


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2009.2.28


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