かけるてのひら -1- あのときこの手が遮らなかったら。 このてのひらが呼応していれば もっと何か、変わっていたかもしれない。 握りしめて、溶け出してしまった。 オレ自身、あたたかいものを信じられないままなのに、君をあたためようなんて、おかしいね。 おかしいよ。 * 春の夜が穏やかなのは、波の国でも同じだった。 夏ほど音色に心を揺らされることもないし、冬のように肌をつんざく温度もない。 秋とはまた違う、若い風が縁側をくぐって布団から出た顔面を撫でる。 七班は鬼人との激闘で負った傷を病院で癒し、やっと退院して今夜から再びタズナ宅に世話になっていた。 正確には、さほど傷のないサクラは入院しておらず、ナルトは持ち前の治癒力を発揮してすぐ復帰、残るカカシとサスケのために二週間の残留を余儀なくされていた。 こう毎回寝込んでいては教師としての威厳もいよいよ危うくなるとひやひやしていたカカシだが、何かを守りながら戦うためには仕方がなかった。 そして守りきれたことへの安堵は安心へと繋がった。 荷の重い任務であることは十分承知しながら撤退もしなかったのは、七班を強く育てるためでもあった。 今は束の間の平穏が訪れていても、またいつ均衡が瓦解するとも限らない。 自らの生きた時代では、弱いことが罪でさえあった。 スパルタ気味なのは自覚している。 けれどそのせいで一人でも生徒が殉職すれば、自分は毎日慰霊碑に通うだけではすまないだろう。 石碑と寝食共にするなんていやだ。 みんな生きていてよかった。 また、死闘は七班に試練だけでなく奇妙な関係をもたらした。 あぶり出したといってもいいかもしれない。 特にナルトとサスケ、カカシとサスケ、つまりサスケにおいてだ。 ナルトは退院してからしょっちゅうサスケの容態をカカシに伺いにきた。 今日はどんな具合だ、何か変わったことはあったか、退院はいつだ、といった風に。 間仕切りはあれども隣のベットで寝ているのだから、本人に聞けばいいのに、と言うと 「あいつはナマイキだからいいってば」 とよくわからない返答をされた。その後はだいたい 「それより木登りよりもっとすっげー強くなる修行教えてくれってばよ!」 と続くのだった。 その様子を見ていると、ナルトはサスケに身を挺して庇われたことが心底悔しく、やりきれないと感じているようだった。 おそらくもっとサスケに頼ってほしいのだろう、とカカシは推測する。 ナルトがいちいちサスケに突っ掛かるのは、反骨心だけでなく、憧れからくる真心の裏返しでもあるのだろう。 つくづく不器用なやつだと呆れるが、青春だなあと若さが羨ましかったりする。 一方サスケはというと、ここ最近はぼちぼちリハビリを始めつつある。 カカシはしばらく動けないし、ナルトは会いたがらないしで、サクラに世話を焼かれながら回復に向かっていた。 ただ、サクラや看護師の呼びかけには上の空であることが多かった。 常に気を張って、多少の変化も逃すまいとする、忍の習性が染みついているような少年だったのに。 野生の獣じみた息遣いや眼力は相手をも緊張させる。 それが無くなったせいか、サクラはずいぶん話しやすそうにしていて微笑ましかった。 しかし悲しいかな、上忍のカカシには時折虚ろで曖昧な視線がサスケから漂ってくるのに気づかざるを得ない。 まるで目隠しをされた子どものような彷徨い方は、突き放すのを躊躇わせ、でも向き合うことも出来そうになかった。 原因など明白だ。 親友の左目。 いずれは話さなければいけないことだ。 三代目もそのためにカカシにサスケを任せた。 わかりきっていたのに、説明することは躊躇われた。 とりあえずサスケの写輪眼が開眼するかもわからないし、などと先延ばしにしようとする自分もいた。 自分は未だに親友を失った日のことを克服出来ていないのだろうか。 考えたが、どうもズレている気がする。 サスケはクールに見えて割と自己主張が激しい。 子どもなりに傍若無人である。 なのに肝心なことは言わない。言えないのかもしれない。 カカシはそれに甘えて、退院するまでの間、無数にあった機会を全て黙殺した。 お陰でサスケに対する後ろめたい気持ちが募った。 * 息を大きく吸い込むと、肺のあたりがひくついた。 庭の山吹の匂いも一杯に吸い込んで、カカシは少し眉を寄せた。 鼻が利く分、香りの好みにはうるさい。 入院中睡眠を摂り過ぎたせいか、まぶたは浮腫んでいるのに目が冴えてしまった。 そして習慣ゆえ、周囲の気配を探る。 二階に三人……向かいの部屋に一人…… この部屋に二人。……二人? おかしい。 まだ痺れの残る体を起こし、凝った肩を伸ばしながら横目で布団の中の人を確認すると、 サスケの姿が無かった。 -2- 2009.2.28 WORKS |