Spilt Milk


-2-

下忍S

提灯ちょうちんの明かりが水彩のように滲んでいる。
向かい風が男の顔をはたいて、片方しかない目を細めた。
歓楽街の門は家路につく人々で溢れ返っている。
その中にひと際背の低い人物を見つけた。
「サスケ」
サスケと呼ばれた少年は振り返り、大きな黒い眼を見開いて立ち止まった。
きゅっと結ばれた唇が、オレンジ色の光で立体感を帯びている。
「何してんだ、こんな所で」
ここは夜間少年がうろつくにはふさわしくない場所だ。
サスケは唇を尖らせてそっぽを向き、また歩き出した。
男は溜息をついてから、しばらくその後ろを着いていく。

外灯が切れかかっていて、ジリジリ立てる音が耳障りだ。
痺れを切らしたように少年の手をつかむ。
「コラコラ、いい加減話してくれてもよくない」
さっきまでの人混みは散り散りになり、静寂と一面の田んぼが辺りを囲んでいた。
「離したら、答える」
斜め下を伏きながら、小さな声でサスケが言うと、男は困ったような顔をして手を緩めた。
サスケはまだ絡みつく指を払い、ポケットに手を突っ込んだ。
中にある紙袋の感触を確かめる。
「薬を、買ってた」
普段よりゆっくりした足取りで歩み、サスケの小さな足の小指を眺めながら、男は眉を顰めた。
「ヤバい薬?」
「別に。合法だけど、あの病院じゃ貰えねぇから」
淡々とした声色だが、言葉尻が弱弱しくなっていくのは気のせいではないだろう。
「お前、自分が結構やばいっていう自覚はあるの」
「あったって、しょうがねぇだろ」
前に進むしかない、どんなことをしても。
そう言い聞かせながら、自分の家で流した涙を、この小さな部下は本当に自覚しているのだろうか。
「ほっとけないなぁ、先生として」
サスケが急に立ち止まって、今度は男が振り返る。
「本当に、先生としてかよ」
上目使いに見上げる瞳に、昼間話したイルカの声がリフレインした。
口内に溜まった唾と一緒に、アスマの、ツグミの声を呑みこむ。
「お前、オレにどうして欲しいの」
大人として、聞いてはいけないことだと封印してきた言葉だった。
サスケが望むのは、言葉少なな彼を汲み取れる人物かもしれなかったから。
けれど、これ以上はサスケの同意なしにはとても進めそうにない。
ポケットの中で握りこんだ拳が汗ばむのを感じながら、サスケは斜め左に伏いた。
「カカシ」

「オレは、逃げない」

*

手を引くことはしなかったし、背中を押すことも無かった。
なのに、今自分の寝室にたたずむ少年は、ひたむきについてきた。
そうすることで、解放されようとするみたいだった。
男も部屋に入ると、グローブを外しながら天井から垂れる紐を三度引き、豆球だけを点ける。
ベッドに腰かけ、おいでと手をこまねくと、サスケは不機嫌そうな顔で寄って来た。
腕の中に抱えてしまえば、尊大な態度を取ろうとしているのに、怯えを隠せないのが明らかだった。
口布を引き下ろし、ぷっくりした唇に口付ける。
それだけで胸がいっぱいになってくる。
誤魔化すように、包帯で覆われた首筋に顔をうずめる。
「今度は、逃げないんだ」
「何度も言わせんな」
強気な声は掠れていた。
もう一度口付け、今度は舌を差し込む。
つるつるした歯の表面を舐めると、睫毛が顔を擦って目が開かれたのがわかる。
親の仕草を真似るように、なんとかして付いていこうとする姿勢が、可哀想なんだか可愛いんだか、男にはもうよくわからなかった。
毎日重い鉄製の武器を振り回して、自身よりずっと恰幅のいい敵を相手にしているとは到底思えない、儚い体だった。
サスケは頭で懺悔の歌を繰り返しながら、何度しても初めてのように感じられる行為に当惑していた。
気づいた時には、自分の頭は枕の上だった。
「ほんとに、何するかわかってる?」
この期に及んでまだ言うか、という顔でサスケは相手を睨んだが、長い指が忍びこんできた場所が場所だったので、驚かされる。
「ここに、入れんの」
思わずぽかんと口を開く顔が愛らしいと思いながら、このまま逃げてくれないかな、と期待する。
そうなったらそうなったで、後悔するのだろうが。
子どもなのだ。
どんなに強がっていても、逃げ道を与えてやらなくてはいけない。
サスケは顔をそらす。敏い子でよかったと思う。
「トイレで全部出してから、お風呂行っといで」
体を起こし、放り投げてあるベストから煙草を探っていると、サスケはのろのろとドアに向かって行った。
男が何度も警鐘を鳴らして、逃げろと言っていることは知っている。
だから、あえて釘をさす。
「逃げねぇから」
背を向けたままだったので、どんな顔をしているかは見えなかった。
男は煙草を銜えながら、自分も手を洗おうと台所に向かう。
膨張した自身が情けなかった。

波の国で見た時より、千本の傷は薄くなっていた。
同性の体なんて、どこを触ればいいのかよくわからなかったが、耳の裏や首、脇やへその辺りなど、どこに口付けても微かな反応はあって、安心した。
サスケはくすぐったいのに胸が苦しくなるような感覚が迫り、泣きたいような声が幾度か漏れて、顔を覆ってしまいたい気分だった。
ズボンに手が掛けられると、協力するかのように腰が浮いた。
むちゃくちゃに甘やかしてやりたい気持ちと悲しさが溢れる。
下着も剥ぐと、生えそろっていない薄い陰毛から控え目にそそり立つものがぴょんと飛び出した。
手で包むように握ると、サスケの足の指がぎゅう、と丸められる。
なだめるように口付け、先走りを絡め滑りを良くしながら緩慢に上下させる。
近くにある顔に情けない声を聞かれてはたまらない、と口を閉じ息を詰めると、鼻から甘える犬の鳴き声みたいな音がして、泣きたくなった。
「だいじょうぶだから、ちゃんと息しな」
耳元の声はいつもよりずいぶん低い。
心地いいのと怖いのが一緒くたになって、サスケは首を振った。
じんわりと広がる熱に耐えきれず、白い足がシーツをかく。
ぼんやりする頭で、自身が生暖かい口内に含まれたことを感じた。
「ア、いやだ」
聞こえちゃいないように、男は頭を上下する。
力の入らない手でそれを退けようとするが、全く無意味だった。
男は同性の性器を口で愛撫するなんて自分の人生設計にはなくて、驚きと、それでも自分が萎えない感動に笑みがこぼれた。
唾液だけではぬるつきが足りないだろうから、サスケが果てる瞬間に口を離し手に出させた。
苦しそうに呼吸するのを休ませてやりたいが、何分自分も焦っている。
そのまま両足を肩にかけ、精液の纏わりつく指を先ほど示した場所に滑らせる。
くにくにと弄んでいると、苦いものを食べたような顔をされる。
「よくない?」
「んなこと、気に、すんな。早くしろ」
「ん。でも、やっぱりね」
力の抜けた所で、指を差し込んでみる。
全身の毛が逆立つ痛みに、サスケは一気に息を吐く。
「痛い?やっぱり止めとく?」
「……うるせぇ」
睨みつけてくる目は潤んでいて、扇情的だ。
男は苦笑して指を進める。
「息、ゆっくりして」
言われた通り懸命に従おうとする。
圧迫感はいくらかマシになったが、入口の焼けるような痛みは引いてくれない。
指一本が埋まった所で、男はすっかりしぼんでしまったものを口に含んだ。
気持ちが良いのと痛いのが一緒に襲ってきて、サスケは必至に顔を枕に埋めた。
再び立ち上がってきたのを確認して、男は中に入った指を動かそうとする。
火傷を擦られるような痛みに、涙が出た。
「は、抜き差しは、すんな」
「中で動かすのは大丈夫なの?」
目をしっかり閉じて頷く。
男はうーんと唸ると、突然中指に引き続き人差指も突っ込んだ。
今まで全てがゆっくりと運んでいただけに、サスケは動揺し、声洩らす。
「いっ、あ、あっ」
思い切り睨みつけてやりたかったが、早くしろと急かしたのは自分だ。
探るような手つきに抗議することなんて出来ない。
それでも、少しでも楽にして欲しくて、唇を強請った。
もう恥ずかしいなんて言ってはいられない。
男は優しく笑って、濡れた唇に噛みついた。
しばらくそうやっていると、男の指がゆっくり引きぬかれた。
とうとう来たか、と覚悟しながら目を閉じていると、思いもよらない言葉がかけられた。
「今日は、これでお終い」
エサを貰えなかった子犬のような視線が痛い。
何とか慰めたくて、頭を撫でる。
「そう焦るなって。
オレだって、したくないわけじゃないけど、痛い思いさせたくないし」
これから頑張ろうよ、と言ってベッドサイドの煙草に手を伸ばす。
これからっていつだよ、など、子どもじみた言葉しか浮かんでこないのが悔しかった。
少なくとも、今夜、自分は決意していたのだ。
得るために、いろんなことを捨てるつもりでいたのだ。
それを台無しにされてしまったのと、実は男は自分に興味を無くしてしまったのでは、という不安で、サスケは目の前が真っ暗になった。
男はつるんとした額に口付けて、細い体にシーツを被せた。
放心したように宙を見つめる瞳は、何も映してないくせに、何を隠そうというのか。
「こうなっちゃったからにはさ」
煙を肺に溜め、吐き出す。
「オレは、いつか、お前を犯すよ」
しばらくして、サスケはゆっくり頷いた。
申告を一人で噛みしめるように、男から体を背ける。
作り物みたいな横顔が見えなくなっても、男は続けた。
「こうなっちゃったからにはさ、
もう、甘えていいから」
煙草の火を揉み消して、自分も布団に入り、後ろから背けられた体を抱きこむ。
こんなに震えるほど弱っているのに、なぜ甘えていい人間を作るのが下手なのだろう。
たぶん今、サスケは自分が泣いていることをちゃんと自覚している。
顔をくしゃくしゃにして、泣いている。
汗でもかくみたいな泣き方とは違う。
鼻がツンと痛くて、目の奥が熱くなって、頭が痛くなる。
前にこの家で泣いた時、息をするのと同じように泣いたんだよ、お前。
涙は流すべくして流さなきゃいけないんだ。
温かい気持ちで、抱く体の香りを満喫していると、サスケが急に向き直って体をずらした。
男の下半身まで下がってくると、小さな舌でまだ固いものを舐める。
男は当然驚いたが、この子どもが安心するにはそれしかないことも分かっていたので、集中することにした。
その手つきはたどたどしくて、一層幼さを感じさせる。
甘える理由をどうにか作ろうと、もがく子どもが可哀想で、愛しい。
やわらかい髪を撫ぜながら思う。

今夜、この体を腕に抱いて、いい夢を見させてやりたいと切望する気持ちは、しょうがないことなんだ。










無駄に長い。
オリキャラの名前は鳥の名前です。もうすぐ飛び立ちます。
ここからはあんまり続きものって感じにならないと思います。
終りの見えている彼らなので、どう終わっていくかを書きたいと思います。



2009.3.19


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