Spilt Milk


-1-

中忍I

「あいつの視線は突き刺さりますよね。
なんていうか、悪いことをした気分になるというか、嘘を吐けない。
痛いくらいに純粋です」
顔面に一文字の傷を負った青年は言い、猫背の男は一瞬驚いて、頷いた。
的を射た表現だが、まさかこの誰にでも温厚で潔癖そうな人物が、自分と同じ思いを抱いているとは予想外だったからだ。
同じ生徒を受け持つ二人は、アカデミーの中でしばしば立ち話に興じることがあった。
「イルカ先生でも、そんな風に思うんですね」
「意外ですか」
イルカと呼ばれた人は、いたずらそうに微笑んでから、窓の淵に肘を持たれかけ、風になびく木々を目の端でとらえた。
「私も大人ですからね。子どもに言えないことは、見せられないことはたくさんあります。
それに、あいつら三人は小さい時から見てきましたから、縁が深いんですよ」
あれは五年前だから、彼らは七つだったか、とイルカは流れた月日を思い返し、一息つかずにはいられなかった。
「可愛かったですよ、三人とも。
ただ、サクラは女の子だし、サスケはほら、あんなことがあった時だからふさぎこんでいたんです。
だから、いけないとはわかっていても、ナルトに感情移入してしまったんです。
愛情のかかり方って、子どもは敏感に察知するでしょう。
そういうのは、いけないって思うんですけどね」
まだまだですね、と目を伏せるのに、銀髪の男は首を振った。
自分にも気持はわかる。
そしてもっと性質が悪い。
だが、教師の鏡とも言える人物が同じようなことで葛藤していることで、幾ばくか罪が軽くなるような気がした。
「ナルトは、いい子ですよね」
イルカに同意するつもりで言ったのだが、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をされた。
「まぁ、屈託のない子ですから。
でも、本当にいい子っていうのは、まじめなサクラやサスケだと思うんです。
今でこそ少しは丸くなりましたが、ナルトなんて筋金入りのイタズラ小僧でしたからね。
自分もちょっと、そういう所があって、投影しているんです。
自分てダメじゃないですか。どうしようもない。
そんな所を子どもに見つけると、ほうっておけない気になってしまうんです」
このベテラン教師は本当に正しい。
耳を傾けていた男は軸足を変え、マスクの下でほほ笑んだ。
イルカは喋り過ぎたことを少し恥じたが、相手の表情が会った時より明るくなっていることから、多少なりとも役に立てたか、と安堵した。
チャイムが鳴り響き、アカデミーの喧騒は激しくなる。

*

上忍A

忍び里の外れの歓楽街に男はいた。
入り組んだ道のりを躊躇いなく進み、顎鬚を蓄えた大男と共に一軒の居酒屋に入る。
老舗の店内は懐かしいような温かい雰囲気で、個室に入ると町のお祭り騒ぎとは切り離された。
一刻も過ぎると、漆塗りの机が数本の酒瓶と中途半端に箸を付けられた肴の皿で埋め尽くされた。
「アスマはもう紅と出来てんの?」
思い出したように言うと、アスマと呼ばれた男は盛大にむせた。
焦って水の代わりに酒を流し込んだから、余計に辛くなった。
「ぶしつけになんだ」
女将が持ってきた水を一気に飲み干すと、顔を赤くしながら叩きつけるようにコップを置く。
「だって気になるじゃない。
これで新米下忍チーム担当者の中でオレだけあぶれ者になっちゃうし」
「お前だって他所に女がいるだろ」
「いや、でもそういうのじゃないから」
アスマは横目で男の顔を見つめ、煙草に火を点けた。
男が一本ちょうだい、と言うのに煙を吹き出しながら頷く。
「オレも、こんな仕事してりゃいつ死ぬかわからねぇし、特定の女作るつもりなんて無かったけどよ」
二回目の煙を吸い込み、吐き出す。
「こればっかりは、しょうがねぇよな。
どうにかしようったって、止められるもんじゃねぇよ」
男は口端を片方吊り上げて皮肉った。
自嘲にも似た皮肉だ。
「お熱いことで」
「ま、ここまで言っといて、まだ上手くいくかはわかんねぇんだけどな」
豪快に笑いながら背を叩く力強さに、必死さを感じた。
大きな手から押し殺したいほどの熱が漏れ出していて、上手くいくといいな、と素直に思った。

*

遊女T

「よっぽどその子が気になるんだ」
ツグミと呼ばれる女は、マドラーで氷を転がしながら言った。
グラスの淵に撫でつけるように、細長いプラスチック棒を引き抜く。
身も蓋もなく言い当てられて、男は眉尻を下げて情けなく笑った。
タバコもらえる、と聞くなり昔親しんだ銘柄の箱が運ばれてくる。
取りやすいよう数本はみ出ている中から一本抜き取り火をつけようとすると、ツグミがライターを差し出そうとしたが、断った。
待つのは嫌いだ。何事においても。
「積極的なんだか、堅いんだか、よくわかんないんだよね」
「ずいぶんお上手みたいじゃない」
普段と違う尖った物言いにクスクス笑う。
「なに、どうしたの、嫉妬?」
「だって、ずっと来てくれないんだもの」
ハハ、と笑いながら指に挟んだ煙草を二回リズムよく灰皿に叩きつける。
「なんで、ツグミやあの子が関心を向けてくれるのか、わからない」
ツグミは火照った頬をヒタヒタと手の甲で冷ました。
「カカシは、なんだか許してくれそうな気がするからじゃない。甘えたくなる」
目を合わさず、まだ思いつめるような表情をしている。
なかなか上手い言葉が見つからないようだ。
「なるほどね」
甘えたいのは自分だ、と思いながら、男は笑って頷いた。
「でも、肯定もしてくれないし、否定もしてくれないしで、不安になるよね」
カラッと笑う顔は幼く見えた。
煽るように酒を口にする。
なんだか申し訳ない気持になったが、謝るのも不自然で、なす術がない。
「そういうこと、わかってくれてるんなら、まだ良いんだけど」
本当に、何かしてやれる自信はないのだ。
一緒に居てやることさえ誓えない。
それでも投げ出される唇を、どうすればいいのか。










-2-


2009.3.18


WORKS