五月雨




カカシは光沢をもつ漆黒のくせ毛に、ぼんやり浮かぶ白いうなじから肩にかけてのラインを見下ろした。
手の届く距離にある後ろ姿は、目線の差から背負う家紋を死角に隠して、代わりに小さな肩幅を折る鎖骨をはっきりさせている。
「案外きれいにしてるんだな」
老朽化の著しいフローリングを音もたてずサスケは歩いた。
サスケの仕草は人を惹きつけるものがある。
目的を最短で遂げようとしているだけなのに、別のゆったりした時間が流れているみたいだ。
「今、お茶いれるから適当に座ってて」
「別にいい。長居をするつもりはない」
「ま、そう言うな。客なんて滅多に来ないんだし」
カカシは後ろからサスケの肩に手をのせ、ダイニングの椅子に座らせた。
最後に使ったのがいつだったかもわからない急須を、棚の奥に手を伸ばして取り上げる。
お茶葉は以前後輩に上等なのを貰ったはずだ。
小奇麗な湯呑と急須と茶こしを洗い、やかんに水を注ぐと、することが無くなった。
シンクに体重を預け振り向くと、サスケが生意気そうな目を寄越してきた。
「ぎこちねぇな」
全くそのとおりだったし、見られていた照れ臭さもあって、カカシはいつものように目を細めて笑うしかなかった。
サスケはいつものように、鼻で笑った。
窓をぼんやり眺める。
昼間にしていたような眼ではなく、何か他にすることがあるのに、物怖じしている眼で。


余計なことは考えるな。目的はなんだ。
あの日、湖に飛び込んで誓っただろ。
復讐だ。
兄貴を、必ず、殺す。
それ以外に何があるって言うんだ。

お前どうしたら楽になれるの。
何を知りたいの。
何が嫌なの。
聞いていい?
それとも大人らしく知ったかぶった方がいい?
どうすればいい。


「オレの目」

カカシは言いかけて、ピーっという音に遮られた。
立ち上る湯気を止めるために、カカシは背を向ける。
用意しておいた茶葉入りの茶こしに湯をかけ、注ぐ。
温まった湯呑を二つテーブルに置き、カカシはサスケの横顔を直視する位置に座った。
なんでそこに座る、とサスケは顔を顰めたが、カカシはこの方がコミュニケーションがスムーズに運ぶことを知っていた。
向かい合ってかしこまりたくなかった。
茶の匂いを吸い込みたくて、カカシは申し訳程度に湯呑に口をつけた。
普段あれだけマスクの下を見ようと躍起になっているくせに、せっかくのチャンスをサスケは見逃した。
「何の話だっけ」
ごまかしているのか、それとも本当に間抜けなのか、あるいはカカシにとって重要なことではないのか測りかねながら、話を戻した。
「アンタの目が」
「ああ、そうそう。オレのね、左目。
コレ、昔の友だちに貰ったのよ」
体の一部を譲るなんて突飛なことを冗談みたいに言うので、サスケは一瞬戸惑ったが、嘘を吐いても一文の得にもならないことだ、と言葉を咀嚼した。
「悪かった」
「なんで謝るの。オレが勝手に言っただけでしょ」
サスケは先手を取られたようでバツが悪かった。
それと共に安心した。
自分が聞きにくいことに気づき、答えをくれる。

「ショック?」
「は?」
何を言われているのかわからない。
「オレがうちは一族の人間じゃなくて」
「何でそんなことを聞く」
わからない。
「いや、寂しいのかなって」
わからない。
「ガキ扱いするな」

お前、どうしたら楽になれるの。
乗り越えられるの。
受け入れてるの?
ひび入ってるように見えるよ。

「じゃあ、アレは何」
「アンタは、勘違いしてる」

覚えていたのか、とカカシは驚いた。
あっさりと認められたことにも驚いた。


そうだ、アレはオレじゃない。
余計なことは考えるな。
見失えないだろ。
目的は、復讐だ。
それ以外に何があるって言うんだ。

「生にしがみつくがいい」

そうだ、それまでは倒れない。

じゃあなぜ飛び込んだ?
白が本気できてたら、あの時死んでた。
オレはどうしたいんだ。


兄さん、オレ、どうしたらいいの。


やめろ、違う、甘えるな、考えるな!
考えたくないのに。

もう、ダメなんだ。

見送り続けたものが。
なんだそれ知らない知らない。
考えるな。

わかってる。認めよう。
でもだからどうできるって言うんだ。
揺れるな。
壊れて、たまるか。
見失えねぇんだ。
考えるな。考えると止まらなくなる。

任務とか、明日の天気とか、修行とか、して、体、動かして
食べて、寝て、起きて、復讐する。
それでいいじゃねぇか。

叫びたい。
そんなことできるか!!!!

できる、できないじゃない
もうそれしかねぇんだ。
なのに。

ぐるぐるぐるぐる。
変えたい。
なにか、変えないと。


どうしたらいい、先生。


やめろ、違う!
カカシに何がわかるんだ。
こいつは兄貴じゃない。
父さんでもない、他人だ。
オレの問題の答えを求めるなんて、ズレてる。
なんでカカシの家にいるんだ?

だれかたすけて!


何でアンタそんな目持ってんだよ
思い出させんなよ
なんだ、そんな口してたのか、普通だなつまんねぇ
いや近ぇよ、のけよ
もう近すぎて目見えねぇよ
まつげ、かゆい

かゆい








時間かかりました。(泣
子どもと大人の流れる時間は全然違うから、サスケの焦りはすごいと思います。
大人げないカカシ先生もつられます。
サスケ君は自分のことを考えるのが苦手っていうか気づきもしない子だと思う。




2009.3.13

-1-


WORKS