五月雨




何がそんなに気に入らないのかと思うほど燦々さんさんと照りつける太陽に、額から汗がこぼれた。
ほうっておけば目に入ってしみることも分かっているが、それどころではない。
まったく厄介な任務を請け負ってしまったとカカシは後悔する。



ここらで休憩にしようと立ち上がる。
腰を曲げている体勢で固まっていた関節がギシギシ軋んでカカシは苦笑いした。
急激に血液を取り戻しふらつく頭で、部下になんとか声をかける。
「やっときゅうけーい」
ナルトが新芽のように体をグイと伸ばし、声をあげる。
「ちょっとお、鎌振り回さないでよ」
危ないじゃない、とサクラの叱る声にはいつもの覇気が感じられない。
サスケは無言で草むらをかき分け、依頼主の家へ戻ろうとしていた。
土の付いた長袖で汗を拭ったからか、白い頬は茶に汚れている。
それに続くように他の二人も民家へと向かった。



第七班は先日草刈りの任務を受けた。
実際は水族館でシャチの世話をする任務へ申し込んでいたのだが、下忍に一番人気だったので抽選にもれ、結局一番不人気な任務に就くことになってしまったのだ。
高望みはよくない。
カカシはそれをよく知っていたが、夢はでっかくがモットーな少年に押し切られてしまった。
そして今、似合わない麦わら帽をかぶり、決して寒くは無い晴天の下、肌が切れたりかぶれたりするのを防ぐための長袖、長ズボンという不審者みたいな恰好をしている。マスクもはずせない。
ナルトにはギャグだってばよ、と言われてしまった。
悔しいことに、この子には麦わら帽がよく似合っている。
サクラは最後までかぶるのを嫌がったが、日焼けをしないためという理由でしぶしぶ納得した。
サスケは似合わないこともないが、いつもと同じような暗い色の服を着ていて、太陽の熱を吸ってあつくないのか心配になった。
 
依頼主から冷たい麦茶と素麺を賄われて元気を取り戻しつつある二人をよそに、サスケはいつもに増してだんまりしながら縁側に腰かけていた。
麦茶の氷が溶け出してカランと音をたてた。
薄いそよ風が鬱乎と茂った田畑を揺する。
少年は凪いだ瞳でその様子を捉えている。



不満をこぼすナルトなだめすかし、カカシは任務続行を言い渡した。
すっかり泥で汚れた軍手をはめ、むくんだ指に馴染み始めた鎌を手に取る。
もくもくと作業を続けていると、いろんなことが頭に浮かんだ。

波の国での一件について、サスケは何も言ってこない。
カカシは自分の幻覚だったのだろうかと疑ってみたが、水に濡れた感覚、服を着せた感触まで鮮明に思い出せるのだ。
夢であるはずもない。
あの時サスケは錯乱しているようだった。
もしかして覚えていないのだろうか。
しかし、変化はあるのだ。
サスケはカカシと目を合わせなくなった。
意図的に避けられている気もする。
覚えているのに触れようとしないのは、無かったことにしたいのだろう。
カカシとしても、それ以上詮索するのははばかられた。
教師として何かフォローすべき所なのだろうが、どうしたってサスケの闇は深すぎるように思われた。

カカシが知っているのは、うちは一族が彼の実兄によって滅ぼされたということだけだ。
そして暗部にいた頃は、その兄と同僚でもあった。
たしかに浮世離れした性質の男だったが、むしろ温厚で礼儀正しい人物という印象が強い。
カカシとはさほど仲が良かったと言うわけではないが、とても自分の親まで殺すような人間とは思えなかった。
最も疑問を抱くのが、サスケだけを残した理由だ。
当時はイタチがサスケと密約を交わしているのではないかという噂も囁かれ、サスケを処分すべきという声もあった。
だが長い平和な時を経るに従って、その要求もいつのまにか消えていた。
流れた時の中で、兄に対する憎しみだけを純粋に育んできたのだろうか。
何か違う。
だって歪みは確実に存在している。
サスケは自分の欲求のためだけに生きられる子どもではない。
自分の野望を犠牲にしてでも、ナルトを助けようとしたことからそれは確かだ。
出来る事なら、サスケにも仲間を守るために力を使ってほしい。
だが、野望を捨てろとは言えない。
復讐を吠える姿と使命に崩れる姿のつり合いは、あんまりにもアンバランスだ。
考えても見つからない言葉に、カカシは焦燥していた。
波の国での決意を無下にしたくないが、サスケに避けられているとますます自信が無くなってくるのだった。



任務を終え木の葉に到着すると、急に雨が降り出した。
部下には明日の予定を簡潔に述べ、カカシは報告書を提出に向かう。
家に帰る頃には本降りになった雨で、サンダルの隙間から水が滲んでいた。
鍵のかかっていないポストをなんとなく確認すると、数日分の不要なチラシがたんまり詰まっていて、今度にしようと見送った。
カカシはいつも今度を待つ。
錆びついた階段が踏みつけられるたび軽快な音を立てる。
二階分登った所に、見知った人物がいて驚いた。

「本当に業務報告なんてしてるんだな、アンタ」

こんなところで何してんの、何でここ知ってるの、
何しに来たの、帰んなさい明日早いよ、
もう、遅いよ。

「とりあえず、入る?」












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2009.3.5


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