ポメラニアンの鬣 -2- バーコードを照会する電子音が、ピコピコとなり響く。 重くなったカゴをレジから運ぼうとすると、後ろから大きな手が伸びた。 一人で訪れるスーパーはいつだって苦痛だった。 食という不可欠な日常要素に付随する面倒な動作だ。 やらなくてはいけない、というのが嫌だったし、家庭の匂いをさせる周囲にのけ者にされているようだった。 それが今はどうだ。 「開かない?」 つるつると滑りの良い指ではなかなか開かないビニル袋と格闘していると、カゴを下ろしたカカシが声をかけてきた。 代わってカカシが試すが、カサカサの指先は役立たずだ。 お手上げだといった風に苦笑する。 サスケはチィ、と舌打ち、自分の右手親指をペロリと舐めた。 濡れた指先をすり合わせると、袋の口がくっついて簡単に開いた。 その様子を見て、カカシはカゴから品を移すのを手伝うでもなくぼうっとしていた。 全て入れ終わってから、うっとうしい視線を感じてサスケは眉をしかめる。 「何つっ立ってやがる、行くぞ」 鋭い声にあー、と曖昧な声を洩らし、小さな背に続く。 自動ドアをくぐると夕焼けが茫洋と広がっていた。 何もかも漠然で、よって平和だ。温かい。 「サスケの舌ってさ、小さいよね。薄っぺらいし」 突拍子もない話題に、耳をピンと立てた猫のような顔で、サスケは見上げる。 「何かに似てるんだよな。犬かな。 小型犬なんだけど、チワワみたいに長い舌じゃなくて」 勝手にうんうんと悩み出す姿に眉を寄せる。 「何が言いたい」 「あ、ポメラニアンだ」 「はぁ?」 「ポメラニアン、知らない?」 「それくらい、知ってる。茶色くてモサモサしたヤツだろ」 昔は犬を飼いたくて、よく母を連れてペットショップのショーケースにへばり付いた。 忍犬にするわけでもないし、無意味だと父は感心していないようだったが。 兄のことは考えたくない。 カカシがくつくつと喉で笑うのに意識を戻される。 「何だよ」 「いや。お前がモサモサとか言うと、ちょっと可笑しくて」 「意味わかんねぇ」 「ごめん、ごめん。でも可愛いよね、ポメラニアン」 「アンタ、ああいうのが好きなのか?」 「ん?ま、犬全般好きだよ。なんで?」 「いや、もっとゴツくてイカツいのが好きなのかと思ってた」 「それってパックンたちのこと?アイツら怒るぞー」 間延びした物言いは朗らかだ。 ゆるんだ横顔に、サスケは赤ん坊を扱っているような気分になった。 なんでこんなに心もとなくて、充足した気分になるのだろう。 * 背骨から繋がる首の骨の隆起に、唇が寄せられる。 後ろから覆いかぶさる体から、残酷な言葉がかかる。 「こっち向いて」 見せられないような顔をしているのはわかっている。 脱力した頭をゆっくり左右に振る。 それでもわがままは聞いてもらえない。 尻たぶを割って腰が打ちつけられると、ポンプみたいに高い声が押し出される。 熱を持った顔で睨みつけると、カカシは得意げに笑った。 大人げない大人だ。 「指なめて」 口元に人指し指が差し出される。 飢えた眼を嘲るように見据え、素直に舌を出し、煽る。 いやらしく丹念に舐めていると、堪らなくなったようにガクガクと揺さぶられた。 強情っぱりなのは二人とも同じだ。 言葉もなく負かし、負かされたい。 うっかり封じるものがなくなった口から声や唾液が垂れる。 思い切り噛みついてやりたいのに、八重歯が当たらないように注意する自分もいて、ああ何やってんだと投げやりになる。 我慢出来なくなって指を吐き出し、顔面を枕に押し付けた。 カカシの指はそのまま迷わずサスケの小さなものを握ってしごいた。 「あ、カ、カシ」 途切れる声が誰のものなのか、よくわからない。 果てる瞬間にカカシはサスケの片口に顔を寄せた。 パラパラ落ちる髪の毛がくすぐったい。 「まったく、なんでこんなに可愛いんだろうね」 * 眠り過ぎた目頭と目尻にやにが固まっていて、開けづらい。 右目だけがむしゃらに擦ると、光彩が羽虫のようにチラつく先に、見慣れた蛍光灯が映った。 上体を起こし、窓の外に目をやる。 沈みかけた太陽に、眠れそうにない今夜をどうやりすごすかを考えさせられた。 固まった節々をほぐすように、首を回す。 夢はよく見るけれど、既成の事実が現れるのは初めてかもしれない。 くだらねぇ、とサスケは心の中で一人呟いた。 このまま無事に日が落ちてくれればいいが、ナルトとサクラは上手くやっているのだろうか。 明日はいけそうか? 自分の状態を確かめるために立ち上がる。 足裏を床につけ、ゆっくりと体重をかける。 ドクドクと血の波打つ感覚に、目を細める。 「いってぇー……」 -3- 2009.4.5 WORKS |