ポメラニアンの鬣

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「いいか、このことは誰にも話すな」
ピンと緊張した部屋に、サスケの粗削りな声が響いた。
サクラが泣きそうな顔で頷く。
初めて訪れた想い人の部屋なのに、ちっとも嬉しそうではない。
隣であぐらをかいているナルトは、不服そうに下唇を突き出し、ジャンパーの襟口に顎をうずめた。
「明日の口裏合わせはさっき言った通りだ。
くれぐれも、カカシには悟られないようにしろ」

*

集合地点の桟橋に背をもたれかけ、サクラは流れる雲を見上げた。
いつからだったか、ぼうっとすると浮かぶのはいつも同じ顔だ。
「サスケくん、大丈夫かなぁ」
大好きな湖畔色の瞳が陰るのを見ていられなくて、ナルトは足もとの石ころを川面に放った。
トビウオみたいに跳ねて、沈む。
「サクラちゃんが心配してやんなくても、アイツは大丈夫だって!」
両手を頭の後ろで組み、向き直った顔がぎこちなくて、サクラは少し心が軽くなる。
いつまでも沈んでいる場合ではない。
とにかく今日の任務をこなしたら、様子を見に行こう。
前向きに切り替えると、思考も落ち着いてきた。
「でも、なんでカカシ先生にも言っちゃ駄目なの?」
サスケにも聞きたかったことだが、張りつめた形相に問うことが出来なかった。
惚れた弱みからか、サスケ自身の性質なのか、昔から彼には聞けないことばかりだ。
ナルトは目を泳がせて、難しい顔をした。
「それは、アレだってばよ。男の意地ってヤツ?
なんとなく、先生には言えねーじゃん」
しどろもどろな様子にサクラは溜息を洩らす。
男子の強がりにはほとほと呆れる。
けれど、普段物を頼むことの少ないサスケが、命令半分であったとはいえ、自分たちを頼るなんて、意地云々の他にも理由があるのではないか。
ナルトの答えに半信半疑なまま、担当上忍が現れるのを待った。

*

「やー、諸君、おはよう。今日は魚をくわえたドラ猫を追いかけていてな」
カカシは表向き申し訳なさそうに笑って、いい加減な遅刻の謝罪を述べた。
聞こえるはずの怒声は無く、代わりに不自然なはにかみを浮かべる生徒がいた。
こりゃあ何かあったな、と訝しがる。
「サスケは遅刻?」
「サ、サスケは風邪だってばよ!」
ナルトが勢いよく食いかかる。
同じ勢いでサクラがナルトの頭にげん骨を入れる。
「んー?なんでナルトが知ってんの?」
「ううん、昨日帰り道でサスケくんが風邪気味かもって言ってたから、そうなのかなって話してたのよ!」
子どもたちが何かを隠そうとしているのは明らかだったが、繕おうとすればするほどからかいたくなってくる。
「ま、予想だけじゃわからないからなぁ。
集合時間を間違えてるのかも知れないし、様子でも見に行くか」
「まさか!ナルトじゃあるまいし、サスケくんがそんなミスするはずないじゃない!
それより先生、もうだいぶ遅れてるんだから、急がないと!」
「あら、サクラ心配じゃないの?
いつもならサスケが居ないと嫌、とか、ダダこねるくせに」
半目で茶化すと、サクラはうっ、と答えに詰まる。
横で見ていたナルトが手を大げさに振りながら助け船を出そうとしている。
「へん、こんな任務、サスケなんかいなくたってちょろいってばよ!
ね、サクラちゃん!」
サクラはナルトをキッと睨みつけ、もう一発げん骨を用意したが、これ以上怪しまれるわけにはいかない、と踏みとどまった。
「ナルトはともかく、サスケくんはいつも一番活躍してるし、たまには休ませてあげましょ」
なるほど、二人が自分をサスケに会わせたくないことはわかった。
サスケと会ってしまえば何があったのか分かるということか。
ものすごく気にはなるが、いかんせん定刻をかなり過ぎているし、有難いことに本日の任務内容は大名家の子守で、三人だけでも何とかなりそうだ。
まずは任務を終わらせ、それからサスケの家に行ってみようか。
眉を八の字に曲げて自分を見上げる頭に手を添え笑いかけると、二人の表情が綻んだ。

*

赤紫に染まる空に、黄色い雲が押しかかる。
電柱や軒を連ねる家屋は逆光で黒く、夕暮れは疲れた体に物悲しい。
「じゃ、オレは任務の報告してくるから。
明日も同じ時間に集合ね。よく休めよ」
口元に印を寄せ消えようとすると、サクラに呼び止められた。
「ちょっと待って、先生!今日報告が終わったら時間ある?」
「ん?何よ?」
「先生にはいつもお世話になってるから、たまにはラーメンでもご馳走しようかって、ナルトが」
ナルトは未確認生物でも発見したようにサクラを振り返り、抗議をしようと口を開いたが、本日二度目のげん骨を食らって声にならない声を上げた。
カカシは一度止まってから、顔をくしゃりと歪ませた。
「そうなの?嬉しいなぁ。
じゃぁ一時間後くらいに一楽で待っててよ」
「今度は遅れないでね!」
サクラに念を押されて、ハイハイと頷くと、白い煙を立ち昇らせてカカシは消えた。
「な、なんでぇ、サクラちゃ〜ん」
「バカナルト!アンタ昨日のサスケくんの話聞いてなかったの!?
カカシ先生はたぶん、報告が終わったらサスケくんの家に行くはずよ」
ナルトはキツネ目をさらに細め、腕を組んで首をかしげた。
「先生がそんなメンドイことするかなぁ」
「それは分からないけど、先生は私たちの嘘に気付いてるだろうし」
「えぇ!なんで!?」
「アンタのせいよ、このおバカ!」
鬼のような剣幕に圧倒され、ナルトは小さくなる。
サクラにもぎこちなさはあって、全てナルトのせいには出来ないが、手強い上忍のプレッシャーをとにかく発散したかった。
「でもさ、でもさ!それじゃ一楽に連れていくだけじゃ意味無くない?
その後行っちまうかもしんないし」
「だからその後を付けるの!
カカシ先生が家に帰るのを見届けるのよ」
ほぉ、なるほど、と左てのひらに拳を叩く姿に頭を抱え、サクラは気を引き締めるように前を見据えた。
他愛のないことも、彼のためなら大事件なのだ。
くだらなくたって、守ってみせる。
サクラの手がぎゅっと握られたのを目にして、ナルトは面白くなさそうに顔を背けた。
電線に停まって喚くカラスを怒鳴りつけてやりたかった。










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2009.4.5


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