リインカネーション 世界は目に見える範囲で動き続けるものだと思っていた。 オレの世界は狭くて、そして動くものはみな短命だった。 肩をたたかれ振り返れば消え、触れれば言葉を伝える間もなく遠ざかっていく。 とりとめもなく、波のように。 それでもオレだけはどうしようもなく在り続けた。 * 温度を感じない空間に違和感を覚える。 深夜テレビをつけっ放しにしてしまったとき、たまたま耳にした砂嵐の音がこびりついて離れない。 リビングとおぼしき部屋には女と男が一人ずついた。 色素の薄い長躯の男は、自分も好んで口にする酒を、瓶からそのまま飲んでいた。 荒々しく起伏する男の喉仏を睨みながら、女は罵声をつらねていた。 支離滅裂も甚だしい要領を得ない言い分ではあったが、 「なにが仲間のためよ、恰好つけて。 巻き込まれる私の身にもなってみなさいよ。 周りのこと考えてよ、お願いだから。 カカシのこともよ。子どもの将来考えたことあるの」 その言葉で、女が自分の母親であることに気がついた。 はたしてこんな血色の悪い、手入れと躾のなっていない女だったろうか。 記憶とはつくづく曖昧なものだ。 銀髪の父らしい男は座布団から立ち上がり、早足で女の首に手をかけるとそのまま壁の方に放り投げた。 母は頭を打ったのか、しらたきのようにぐんにゃり崩れ落ちた。 オレは自分の感覚の無い足が動くのを感じた。 感覚やそんな意志は無いのに、変な話だが感じてしまったのだ。 父と母の間に入ったオレはどうなったのか。 次の記憶は眼の少し飛び出て、鼻から口からいろいろ垂れ流して天井からぶら下がる父の姿だけだ。 写真はすっかりヒステリックになった母親に焼かれてしまったし、母もその後病院でなんだかよくわからない薬をこっそり服用し続けて死んだ。 殉職して死を称えられる者の多い忍の世界で、なんとも情けない話だ。 * なんでオレは自分の家族を美しい思い出として残していたんだろう。 辿れば、かつての師やオビトの姿が浮かんできた。 彼らはオレの家族に意味を与えた。 人間は綺麗なままではいられない、いつか壊れるものだと思っていた。 でも彼らはまごうことなく、美しいままこの世を去った。 そういうものに対して憧れを抱いたが、同じくらい冷ややかでもあった。 だって生きている限りトラブルは付きまとうし、苦しいから逃げるしで、なまっ白い自分は清いままでいるなんて不可能に近い。 綺麗に死ねたら楽なんだろうけど、オレは友の死の上に立っている。 その土台は嫌味なくらいオレを生かす役に立っている。 「イヤミってなんだよ」 鈍い耳鳴りが消えて、真っ暗だったはずの視界に、懐かしい姿があった。 「そのままだよ」 「よく言うぜ。やりたい放題やってくれちゃって。 ルール、ルール言ってたヤツが、今じゃレッドカード退場、 永久出場停止もいいとこじゃねえか」 「反抗期みたいなもんだよ」 幼い日のまま。ゴーグルの奥で目をいたずらに細めて、オビトは笑った。 このまま終わりそうな気がして、こめかみが熱を持って痛む。安らかなのは不安につながる。 そしてオレは現実、不安だらけだった。 「ねぇ、オビト」 オレ、教師になるんだよ。下忍のチームを持つんだ。 なんか問題児ばっかり押し付けられちゃったんだけど、仲間思いでいいやつらだよ。 一人は気が強いけどまじめな女の子で、イマドキの子って感じかなあ。 よくチームのお調子者を叱ってるよ。 うちはの子もいるんだ。おまえとはあまり似てないけど。 早口で報告するが、自分でもどんな返答を求めているのかさっぱりだった。 慰霊碑の前ではもっと落ち着いて話せるのに、面と向かって発する言葉の乏しさには毎度辟易する。 オビトは思い出とは程遠い、落ち着いた声で言った。 「オレ、カカシに目をやってよかったと思ってる。 だってオレの未来も、お前が紡げるんだ。 重いとか言うんじゃねぇぞ。 そろそろそれぐらいの力つけろや」 甘ちゃんが、とニヤリと笑うから、こちらも笑いがこぼれた。 いつまでも情けないのは百も承知だが、いつまでも誰かの力に頼ることをやめられない。 オレの弱さは父のせいにも、母のせいにも、仲間のせいにも里のせいにも戦争のせいにも出来ない。 オレはオレのためだけに在る。 誰が現れても、去っても、撫でても蹴っても、そのすべてはオレの中で昇華されている。 そして足元にはいくつもの死骸が埋まっている。 親友の贈り物は、オレが土中に沈むことを許さない。 だからオレの前には未来が広がる。 みんなのくれたその先で、俺は何をするのか、出来るのか。 美しく散った者たちへの畏怖はやっぱりまだ拭えないけれど、まあ何とかなるだろう、と思えた。 きっと今までもこうして繋いできた。 「あんま女泣かすんじゃねーぞ」 そう言い捨てて、オビトは消えた。 オレの視界は暗転する。 * 目が覚めると、後頭部が重くて顔を顰めた。 体には浮遊感があって、これから任務だと思うと憂鬱だ。 植木に水をやっていると、自分が生徒だった頃の写真が目に付き、夢のことを思い出そうとしたが、やめた。 浴室に入り、シャワーのコックを捻る。 タイルのぬるついた感触が不快で、次の休みはいつだったかと思い出そうとするが、だいぶ先までその日が訪れないことに余計落胆することになった。 慣れた手つきで、慣れた準備をこなす。 着なれたベストに腕を通し、額宛てで左目を覆い、建てつけの悪いドアを開ける。 足は自然と慰霊碑に向かい、今日の予定を頭に描く。 「あなたも、こんな気持になったんですかね」 答えの返らない石碑を撫でると、ひんやりとした感触が心地よかった。 せんせい、ねぇ。 * オレはどうしようもなく在り続けている。 なのに出会いは日常をイレギュラーにする。 飽きることが出来ないし、緊張も途切れることがない。 それも与えられるものをやりこなすだけでなく、与える側になるのだ。 オレが与えて貰ったもの。在り続けて得たもの。 繋いでいけたらいい。 期待をするのは嫌いだけど、心からそう思う。 繋いでいくから。 どうか、やすらかに。 ちゃんとしようと四苦八苦するカカシ。 カカシという人間を考えてたらこんななりました。(苦笑) この人がサスケとどう係わるか。 2009.2.25 WORKS |